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貧しくても幸福に生きる日々

金儲けに必死にならず、楽な生活をお伝えします。

ミニマリストかエコな暮らしか、それよりもオルタナティブな何か

しばらく前にミニマリストブログやその管理人が注目されました。それは確かに今までになかった新しいライフスタイルではありました。基本的に「ライフスタイル」とは、雑誌などのメディアが主導してきたものですし、それには当然スポンサーや企画側の売りたいモノが生活にセールスされてきます。その点ブログは基本的に個人メディアですから、何かモノを売るという腹蔵なく比較的純粋なライフスタイルが提示されました。

しかしモノを売る必要がなくても、ブログをマネタイズしようと思えばアクセス数を求めなくてはいけません。その結果、過度に物質主義を批判したり、一般的な暮らしを蔑視したり、とにかくPV(ページビュー)のために何でもするというブログも散見されました。

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一方でブログとは別のコミュニティでは「エコロジー」を積極的に生活に取り入れています。本来は地球全体を一つの環境と捉え、持続可能性を重視した思想ですが、日本で人口に膾炙する「エコ」とは何となく環境に良い事といったカジュアルな捉え方をされているようです。しかしエコもやはりマーケティングのキーワードとして扱われて、何かモノを売りたい時のセールストークになっている場合が多いように思います。

私は日常において、ミニマムとかエコよりは「自然」という事を意識します。自然というのは森とか空の事ではなく、人間が働きかけなくても自動的に継続し繰り返す現象の事の意味で私は捉えています。例えば植物が成長して実を付けたり、葉が落ちたりやがて枯れたりするのが自然であって、無農薬や有機であっても農業の結果生まれた農作物は人工的で不自然なものです。

もちろん私自身も不自然なモノに囲まれて、不自然な暮らしをしていますが、それでも選べるならば自然なモノを選ぶようにしています。たとえば高度に化学的なプラスチック製品は、自然のサイクルから外れているモノなのでなるべく選ばないようにしています。なるべく木製品か、鉄などの身近な金属素材のものがより自然だと私は思います。それは、私が死んだり、あるいは人類が滅んだ後に誰かが処理をせずとも自然に還るものだからです。しかしプラスチックやガラス、陶磁器などは100年単位ではその形を保ってしまいます。自分の寿命よりも長く残るモノが必要でしょうか。

できるだけ不自然なモノを減らしたいという意味ではミニマリストと通じる部分もありますし、思想的にはエコロジストに近いと思います。しかしあまり原理主義的にならず、平穏な気持ちで日々を過ごしたいと願っています。